ウズベキスタン紀行 その5 ブハラの街

旅 海外編

おはようございます。

今日は、ウズベキスタンの旅行記に戻ります。

シルクロードの街ブハラへやってきました。

ブハラ???ってご存知ない方が多いと思いますが、
実は、この町すごいんです。

ブハラとは僧院を意味する言葉で、中央アジアだけでなく、
イスラム世界の文化的中心地として繁栄を誇った街なんです。

 

一番の黄金期は9世紀。

優秀な宗教家、科学者、などが多く集まりました。

科学者といえば、アロマセラピーで有名なイブンシーナー。
彼も20歳ごろまでブハラの街に住んでいたのです。

 

9世紀から10世紀にかけて建てられたマゴキ・アッタリ・モスク。

マゴキは穴の中という意味で、周囲を5mくらい掘り下げられていました。

アッタリとは薬草という意味ですね。(ATRと同じです~。)

そのすぐ近くにある薬草市場の跡地が発掘されていました。

9世紀から10世紀にかけてといえば・・・。

そうなんです。イブンシーナーがこの世に存在しておりました。

若き天才の彼が、この薬草市場にいた可能性は、とっても高いですよね。

いえいえ、ここにきていたに違いない・・と、思いましたよ。

過去のかけらを拾えたような気がして、
一人、心の中で感動していたわたくしでございました。

ウズベキスタンに行けてよかった・・(うれし涙)。

このためにきていたようなものでした。

 

さて、このいかにも中央アジア的な塔は、カラーン・ミナレット。

ミナレットとは、イスラム教の祈りの時間をお知らせする塔のことです。

と、同時に、旅人がこの塔をみつけて、街へやってきたり、
この塔から死刑囚が落とされたりしていました。

高くそびえたっていました。

こちら、メドレセ=神学校でございますが、
権力者が、偶像崇拝の禁を犯して、
お顔が上のほうに描いてあったりする、珍しいものです。

繁栄を誇るブハラの街も13世紀には、
またもやチンギスハーンの来襲によって壊滅してしまうのでした。

チンギスハーンって、中央アジアのいろんな街を
徹底的に破壊してしまったようで、ちょっと、きいてて、いらっとしました。

仕方がないのですが・・・。

さて、気を取り直して、街のスパイスやさん。

日本でも見かけますが、ひょうたんにいれて、販売していました。

おまけにブハラの街でみかけました、おまぬけなミッキー&ミニーを
ご紹介しまして、また、次回に続きます。

つづく

 

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